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焼き物/陶器/陶芸作品の販売 >> 本間文江 >> エッセイ >> 春を告げた小さな植物

 「手あぶり猫」作家本間文江のエッセイ集

このページでは「手あぶり猫」の作家である岩手県の若手陶芸家本間文江さんが
河北新報夕刊の文化欄「微風 旋風」に連載したエッセイをご紹介しています。

春を告げた小さな植物(2008年3月18日掲載)

 頬に当たる風が暖かく感じるようになると、ドイツの春を思い出す。

 私は藤沢に戻る前、三年半ほどドイツにいた。初めての渡航は、夏が近い五月の日。人々は日の光を身体いっぱいに受け、若葉みたいにはつらつとして見えた。日はゆっくり沈み、人々は活動的で、ドイツはとても明るかったのだ。

 冬が来ると、開いていた扉がぱたんと閉められ、取り残されたような寂しさを感じた。町を行く人々は、厚い鎧のようなコートに身を包み、足早に行ってしまう。見上げると、空は低く、灰色の雲がのしかかってきそうだ。気が付くと、下ばかり見て歩いていた。ドイツの印象はすっかり灰色に塗り替えられていた。ある日、不思議な形のこけを見つけた。こけもまた、身を硬くして冬の重さに耐えているようだった。私はその前を通るたびに、不思議なこけが気になり、立ち止まるようになった。

 初めての春の訪れは、小さな植物に教えてもらった。頬に当たる風が柔かく感じ、誘われるように外に出た。いつものように立ち止まると、こけはお日様に向かって黄色い手を伸ばし、みずみずしく輝いていた。私も背筋を伸ばして、空に手を広げた。重い荷物を降ろしたように感じた。

 三月、知り合いの陶芸家を訪ね、久しぶりにドイツへ行った。ドイツでも北に位置する小さな村には、まだ冬の気配が残っていたが、陶芸家は春を探しに行こう、と森への散歩に誘ってくれた。森に入ると、木々にはこけが生え、日光があたると緑色を増した。「ああ、春だ!」それは懐かしく、私の心を軽くしたのだ。森には小さな春が隠れており、陶芸家は一つ見つけては懐にしまい、身体を温めていた。

 私に春の訪れを教え、灰色から再び明るい色に塗り替えたのが、小さな植物だと思うと、不思議な気持ちになる。私は子供に戻ったように純粋に、春の訪れをうれしく感じることができたのだ。

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